プロ野球 巨人

少年たちが熱中するスポーツと言うと、今ではサッカーがすぐに思い浮かぶ人が多いでしょうが、かつては圧倒的に野球の人気が高い時代がありました。子供たちは自分も憧れのプロ野球選手のようになりたいと思い、また大人たちは毎日のようにテレビで放映される試合中継を見て、大いに楽しんでいました。近年ではその人気は低迷してしまい、国民的スポーツの座から転落してしまっていますが、昔のプロ野球人気の高さは、今のサッカー人気よりもずっと高いレベルにあったのです。

そんなプロ野球人気の高さの象徴と言えるのが、巨人軍という名称でも呼ばれる読売ジャイアンツでした。この球団は創設が1934年という大変長い歴史を誇っており、またその長い歴史の中では、日本一になったのが22回、リーグ優勝を果たしたのが45回と、非常に華々しい成績を残しています。特にプロ野球人気が高かった時代と言える昭和四十年代には、九年連続で日本一の座につくという大変な偉業を成し遂げ、V9時代として今でもファンの間で語り草となっています。

当時の巨人軍にはONという呼び名で親しまれた、歴史にその名が刻まれている二人のスーパースターを始めとする一流選手が数多く在籍しており、ただ単に強いだけではなく、とんでもない人気を誇っていたのです。

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プロ野球 横浜

横浜DeNAベイスターズは、セ・リーグに所属している日本のプロ野球の球団です。本拠地の横浜スタジアムは関内駅から徒歩1~2分と立地も良く、屋外球場となっています。音がよく響くように設計されているため、スタンドにいるお客さんの歓声や、応援団の方の鳴り物の応援がよく響き球場全体が盛り上がるため、球場そのものの人気もあります。また、応援歌も他球団のファンから羨ましがられる曲も沢山あるため、球場で一緒に応援歌を歌いたいと思って来場するファンの方もいます。

チームは、2012年に親会社がTBSからDeNAに変わりました。それまでは、長期にわたって人気も実力も低迷していたため、観客動員数も低調でした。しかし、親会社がDeNAとなってからは、ファンサービスも充実し観客も増え、また日本のプロ野球チームの中では、最後にクライマックスシリーズの進出を果たし(それまでは、12球団でベイスターズだけクライマックスシリーズに進出していませんでした。)、実力も伴ってきました。

ベイスターズOBの三浦元選手(ハマの番長)は「自分がプロ野球の選手になった時には、広島対ベイスターズ戦が満員になるなんて想像もしていなかった。」と元在籍していた選手を驚かせるぐらい、今では人気の球団になっています。

プロ野球とともに発展してきた戦後の日本

日本は、日中戦争が激化したことでオリンピック開催が見送られ、太平洋戦争で荒廃してしまいました。戦災で廃墟と化した日本で、野球の再興は、GHQが特に力を入れた占領政策でした。プロ野球の復興が急がれ、1945年11月16日に日本野球連盟が復活します。

翌年の1946年から、巨人や阪神、今日の中日ドラゴンズである中部日本など、8球団によるプロ野球のペナントレースが開幕しました。スポーツ観戦が大衆娯楽になると、選手たちの活躍が、戦争で傷付いた人々の心の支えとなっていきます。復興に向けて動き出した日本経済は、1955年から高度経済成長期に入っていきます。高度経済成長期の終わりは、1973年の石油ショックです。1955年から1973年までの間、日本の実質経済成長率は、年間で平均10%を超えていました。欧米の2倍から4倍の数字で、世界でも類を見ない経済成長だと言われています。プロ野球の黄金期は、ONと称された王・長嶋を中心とする巨人V9時代だと考えられています。

巨人の全盛期とも言われるV9は、1965年から1973年で、高度経済成長期と重なっていました。高度経済成長期は、アメリカのライフスタイルを夢見て、国民総意で大量生産・大量消費が推し進められた時代でもありました。効率化を目指し、東京の一極集中政策が勧められ、プロ野球の世界でも、常勝球団化を目指した民法テレビ局によるプロ野球中継により、巨人への一極集中が進められた時代でもあったのです。